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2020.9.4 KONCOS "AFTER SCHOOL"で取り戻す「今までの暮らし」 BLOG

2020.09.04.Friに下北沢SHELTERで開催されたAFTER SCHOOLのライブレポートを、会場に遊びに来てくれたライター、松島くんに書いてもらいました。

彼の文章で、2020年のひとつのライブを記録に残したいと思ったからです。

あの日の空気が伝われば嬉しいです。

日常は失われてなんかいない、とても心に響きます。ありがとう。

以下、松島くんの文章になります。

古川太一

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2020.9.4 KONCOS "AFTER SCHOOL"で取り戻す「今までの暮らし」

日本一全力投球でライブと向き合うKONCOSのワンマン公演。最早いつぶりかも分からないほど久々に。
それを体感するために、空模様の怪しさをものともせず、40名弱の人々が下北沢シェルターに集まっていた。

下北沢という街の持つ身体性は、再開発以降急速に失われつつあるように見えた。
ただそれは単に「見てくれ」だけのことで、コロナ禍において徐々に色を取り戻しつつある街のムードは今まで以上に健在だった。
骨折した箇所がより強く「育ち直る」ように、人と人、人と街の結びつきを今まで以上に強く感じる。

下北沢のそれは、活気とは一言で片付けられず、下町情緒とも異なる性質の生々しさ。所々から揺蕩う、人のエネルギーの残滓が漏れ出すような感覚を行きも帰りも全身で浴びた。
特にシェルターは、旧南口の片隅で抑えきれない情熱を変わらず発散していた。街のムードとして昇華・還元して生きている。並大抵の決意では出来ない意地と愛の現れだった。

DJはTOMMYさん。No Headphone DJを掲げるアブストラクトな表現は唯一無二で、毎回固定概念をブチ壊される。
笑わざるを得ないけど、その笑いは驚愕とイコールで他に発露すべき感覚が無さすぎるから。マジで最高です!以外の言葉は無い。だって最高なんだから!

途中TA-1氏から企画恒例のテキーラ振る舞いが今回もドロップ。
ただアルコールを無作法に入れるんじゃなくて、場を作るための通過儀礼のような献杯だと毎回ありがたく頂戴している。

ここでも、その後のアクトでも、とにかくKONCOSは現場で何とか「今まで」を取り戻すために奮闘しているように映った。
ニュースタンダード、新しい生活様式なんて欺瞞には決して与しない。
今まで積み上げてきたものを否定せず、しっかり前も向く。だからKONCOSに憧れる人々がこんなにも集まる。

ライブが始まるとき、TA-1氏は「知ってる人しかいないから、マイメンしかいないから大丈夫!」とギャラリーに呼びかけ、共同体としての結束を募った。
そして、「かしこまらない」楽しみ方を僕たちに提案してくれた。
これは決して無責任な行為じゃなくて、ひとつの共同体としてKONCOSとギャラリーを結びつける意図があってのことだと思う。

「共同体」という言葉は良くも悪くも色々なレイヤーの意味を孕んでいて、失敗の歴史がいくつも折り重なっている。
けれども、今一度共同体の持つパワーを信じてみたいと思わせる力強さと決意を感じ取った。

大きな共同体は2020年の今、とうとう完全に失墜した。分断と孤立を強いるような為政者の圧力に心を折られないためには、こうして現場でひとつの共同体が負けずに繋がっていることを確認するしかない。
9月4日金曜日、この場にいた人なら分かる感覚なのではないかと信じたい。

そしてKONCOSの乾坤一擲、壊れるギリギリまで踏み込む、あのライブが始まった。
畳み掛けられる新曲の数々に、しっかりと接続されるColors&Scale期の名曲。絡みつくシールドと、魂が蒸発するような汗と熱。これが観たくて僕は駆けつけた。KONCOSFLAVAでも伝え続けている、前を向いて走り続けることのかけがえの無さを。

途中まで、ライブを観る感覚を忘れて失いかけていた自分もいた。正直なところ、「ノリ」を奪われそうになっていた。その喪失を力強く立て直してくれたのが、歌声のパワー。

忘れている人がいるなら思い出してほしい。
実は生の音が持つ力で一番強く耳に刺さり、内蔵をシェイクするのは、機械的なサブベースやギターの轟音、ドラムの衝撃じゃなくて歌声だということを。
歌声の持つ低・中・高の全領域を支配するボリュームと倍音は、現場じゃないと絶対に気づけない。
自宅で楽しむ音楽も絶対的に正しいけど、こればかりは生の音を浴びなければ理解できない。ミックスダウンされる前のピュアな美しさ。

そもそもTA-1氏の言葉を借りるなら、「音楽は悪者ではない」。
聴かれ方やスタイルの違いで起こる諍いは不毛で、そこに優劣や是非を求めるのは間違っている。
音楽について何かモチーフを当てはめて考えることは不可能に近いけど、少なくとも悪者ではない。ただ寄り添い、あるいは何かを跳ね除けるための御守りとして存在してくれているものだから。

Nite Like Thisの抵抗力も、fantasticの狂乱も、ムスカリンリンの可愛さも、I Like Itの祝祭感も全部1本の線の上で紡がれている。
本当に芯のある音楽を、KONCOSはただ今まで通り、今まで以上に表現しているだけのことだった。

この、「だけのこと」をやっていること、これが何よりも難しいだろうし、何よりも素晴らしい。
ニュースタンダードとの向き合い方として「屈服と隷属」以外の選択肢を示してくれるようなライブだった。
ライブ、live、生きること。生きることは息を吸うことじゃなく、要不要を選別せずにどちらも愛でることだと思う。

久々に外で酒を飲んだせいか、帰り道に怪我をした。打撲とか捻挫とか別に不要なんだけど、今日はそれも愛おしく思える。
ここから始まる、ここから変わる、そういう節目としての金字塔が立つものではなく。
日常は失われてなんかいない、と示すための「いつものKONCOS」を、本当にありがとうございました。

ライター NordOst (松島広人)
ひとりのファン、ひとりの生活者としてノーブレーキで記します
https://www.instagram.com/no_nord_ost/

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